昭和五十四年八月二十六日  朝の御理解


   御理解 第八十一節
  「氏子十里の坂を九里半登っても安心してはならぬぞ
   十里を登り切って向こうへ降りたらそれで安心ぢゃ
   気を緩めると直に後へもどるぞ」


この御教えはどんなに小さくも頂け 大きくも頂ける、と思うんです、私共がいろいろ願っておる願いの内容と いうものもそれこそ大は天地宇宙の事から、小は自分自身の、小さい小さい心の動きの中にある不安とか、焦燥、心配といったような事柄が、一つ一つ
安らぎに、一つ一つが大みかげの、いうならばこの道を行けば、といったような安心の頂ける所まで信心を進めていかなければならんですから もう、大きくも小さくも ま頂ける、とこう思うんですけども、今日は私、あの小さいという意味でね、小さい、というかお互いの こう 信心生活さして頂いておりましても 何とはなしに スキッとしないとか、ね 心の中にくすぶっておると、いったような事柄やら問題が御座いましょうが、ね。
心の中に問題が、例えば問題があるなら解決しないままで くすぶっておる、ね、そういう時にです
なら まあ 九里半登って安心をしちゃならん、と 気をゆるめてはならぬと おっしゃるように、そういう所をね、もう一押し とこう熱をかけてまいりますと、もうそれが 9里半の所が十里という、いうなら おかげになるのだけれども、それを例えばその成行を尊ぶ とか 大切にすると云ったような事を、ちょこっと間違えますとね、もう ははあもうこれで あとは神様におまかせしとこ、と あと半道ね、九里半ですから、あと半道の頑張りをせずに、いうならば あの、自然に任せるとか というのは、これはやっぱり ちょっとおかしい、
なかなか 成行を尊ぶとか、大切にする、という事にも だから一つのおかげの、とか問題というか、自分の心の中になにとはなしにくすぶっておる、といったような事を放任しておっては、ならないと思うんです、それをおかげにしていく、云うなら あと一押し、と いうところの信心がなされなければ、いけないと 思うんです皆 ありましょうが、ね、いろんな これだけが一つ解決 けども神様がおかげを下さるだろう と、ね、
そりゃもう黙って治める、とか 成行に任せる、と云うような事はもう、本当に素晴らしい事なんです。
けれども ただ、放任しとって よかよか、と いったような事ではいけないんです。
昨日は婦人会、それから幹部研修会でしたが、幹部研修会の中で
いろいろ 大変有難い話を聞きました。
丁度 西地区の、福岡の西地区の会員の方達が昨日は続いてお参りになっとったが、丁度あちらに研修が始まった時に見えた方二人がそれに参加して、そして体験、いわゆる おかげ話ですね。
信心は まだわかりませんけれども まあ兎に角福岡から月に一回だけは必ずお礼参りをさせて頂く、というのが丁度昨日に、あたっとったわけです。
それで もう取次を頂いた事が一つ一つおかげになっていく、という 或る人なんか、もう二十五年間 いっこうに芽が出なかった主人であり 私の一家がこちらに御縁を頂くようになって、もういうならば長年くすぶっておった問題が、次から次とおかげを頂いていく、最近では長年借家住まいであったのが、土地と もう家が最近今度建ちあがって、今度新築の落成のお祭りをして頂きたい。
と いったような 昨日お届けがありましたが、ね、
そういうおかげ話です、それで あとの合楽の幹部の方達のお話はまた、もう本当にそういう心持ちになったら どんなにすばらしいだろうか、と、いわゆる あの世にも持っていき この世にも残しておけるほどしの信心、ね、
いうならば 相抱性原理に基づいた、合楽理念をもって日々の信心生活をなさっておられる、という熊谷さんとか 原さんとか 秋山さんあたりの、すばらしい発表がありました。
ほう、信心ちは そんなに深くて そんなに尊いもんだ、といったようなものを初めて研修に参加された その方達も感じられただろう、と思うです。
そういう 昨日は研修がございましたが、中に日田の綾部さんが
発表しとられました。もう感動いっぱいで発表された。
高芝さんのお導きによって 御信心を頂いて丁度今年が 丸十年になる、そいで、その 十年になるから 親先生に其の事のお礼の
お祭りをして頂きたい。
その気分を御長男に話されたところが もう大変、そんなら その経費のすべては僕がおかげ頂くから、というてその、まあ乗り気になってくれましたから、というて昨日 一昨日その御礼のお祭りがあったんです、綾部さんの ほんな もうお家の方達だけで、もうそれこそ心から、もし信心を頂いて無かったら今頃 どういうふうに、どういう事になっとっただろうか、という その内容の御礼のお祭りでしたから本当に 御礼をこめてのお祭りでした。
中に 私はまあ 云うてあって見えておったのかと思いましたけれども、もう長年、なかなか 大変ま、やり手、というでしょうかね綾部さんとも大変懇意でもあります、駅の弁当屋さんは何というたでしょうか、山根さん、山根さんが あのう、沢山あそこからお酒も取っておられたんですけども、ある ちょっとした事が誤解を生んで もう絶対丸亀からは取らん、出入り禁止 というような事になって、三年か四年位になるでしょうか。
其の事をです、いうならば もう兎に角 だからその あちらの、綾部さんが それを説明に行かれれば、ね、という仲に やっぱり此処に綾部さんのお導きでおかげを頂かれた田中さん という方が仲に入られた、けれども もう それが解決していなかった。
まあ くすぶったままであったわけです、ね、ところが もう だから音信不通であった、音信不通というか、まあ お付き合いが
途絶えてしまっていたのですけども つい 十日位前だったでしょうか、その山根さんという方が あのう尋ねて見えられた。
しかも いろいろ内容の細かい事もあったんですけれども、
見えた、というお夢を頂かれて ここでお取次を願われた。そしたら あのう 今何か全然目が見えなくなっておられるんです。
その方が見えておったんです、その いわゆる田中さんに手を引かれて見えておる。
で 今日は丁度親先生が見える という日に、というので ま大変感激して あの お祭りも一緒に拝まれたんですけれども、ね、
その、何年間という くすぶったままであって、成行に任すれば、と、いうのですけども、その十日前にお夢の中で その方のお知らせを頂いて、ここでお取り次を願われた時にです。
その方の事を ね、願え祈れ というお知らせを頂かれたんです。それから改めてその方の事を、お取次を願って、毎日お参りの時にお届けをしとられたんです。
そしたら その、昨日一昨日です、電話がかかってきて もう電話の向こうで、もうそれこそ涙を流しながら、その嗚咽しながら大変すまん事であった、という おわびの電話がかかってきた、ね、
だから そんなら ひとつ今日は親先生も見えるから、というのでま、田中さんに ま 手を引かれて見えられたわけです けれどもですね、くすぶったままでは いけないでしょうが、
十日前から其の事を 一押しの それこそもう何ち云うですか、親戚以上に おつきあいをしておられた方なんですね、
が   向こうから おわびが来て、そして あのう また元どおりの交際を求めて見えられて もう全然目を見えられんから なおさら、いわゆる心の世界の友達がほしいわけなんです。
それで あのう まあ見えておりましたけども、これなんかは、くすぶっておるとが くすぶって消えたらもう そのままだったでしょうね、ところがその、十日前にお知らせを頂いて、それに日がついた、そしたら パアッと くすぶっておるのが燃え出して、
いうなら そういう働きに なってきてるんです。
だから、私共の生活の中にね、そういうお互い 一コ一つありますよ、くすぶっておる問題が、ね、
だからもう 成行というから。もう放任しておけばよい、ぢゃないです。そこにもう、いうなら十里の道なら 九里半登ってまあこれから先は神様まかせ、といったようなものぢゃなくて ね、
もう そこの一押しをすれば、それが燃え上がってそれが、いうなら ママになる、というような おかげが頂けれる事を、ただ、くすぶったまま そしてくすぶったまま消してしもておる。
もう くすぶるという事は、自分も嫌なら周囲も嫌なんですよ、ね只これが人間関係であるならば 自分も嫌な感だけども 相手の方も やっぱり嫌なんです。
そこに燃えて 燃焼してそれが解決のおかげになって、また、いうならば、綾部さんの場合によると、ままになるおかげになってくるという事、あるんです。
昨日は 合楽祭りで本当に年々歳歳、ま盛大になってまいります。昨日或る方が早くから見えられまして、本当にこの合楽との交流、という事を、此の方もお知らせを頂いて、いろいろな手立てで
ああでもなかろうか、こうでもなかろうか、という信心を熱心に、なさっておられます、それで例えばその 合楽祭りといったような何かこう 唄ったり 踊ったりといったような あのう事柄なんかは あんまり関心はもってなかったけれども、どこで交流するやらどこに接点があるやら、わからんと思うて今日は、早々から出てまいりました という、夕べその方が もう それこそもう こげんとが交流しとっとやろか、と いうように あの、いろいろと奉仕をなさっておられましたが、ね、
私共がね、もう本当に一押しという所の中にね、私達は あげな歌ども歌ったり 踊ったり 自分の趣味もないし、あんなもの見たり聞いたりしたっちゃ、なあにんならん、といったようなもんぢゃなくて、どこに ね、いうならば合楽との接点があるか、わからんのです。ね、それこそ、水も 洩らさぬ信心。
私は いよいよ本気で合楽と交流しだす、という事はどこで、その接点が、だから んなら もう月次祭にも例えばお参りもする。
日参もする、いろんな御用の時に出てもくる、いろんな会合の時にそれも と いうくらいにです、ま、一つの何かこう あと一押しといったような時に、それが出来るです。ね、
だから そこんところを なら神乍ら主義でその、しておったら、です、そこに もし なら合楽との交流点があったとすると、いつまでたっても だから おかげ受けられん事になるのです、ね、
交流しだしたら もう後の信心は楽です。
いうなら 十里の坂を頂上を極めたのですから、あとは下り坂。
もうブレ~キをかけてさえ行きゃいい、といったような信心もいうなら、血になり肉になれば 信心が容易くなってくるようにです、ね、いうならば、一押し という事ね、
また なら小さい ま問題でありましてもですね、くすぶっておるという問題を そのまま放任しておってはならない、と、そこに、もう一押しの工夫をさしてもろうて そこから いうならば燃える信心、それが光になる信心。
昨日様々な出し物の中に、鳥栖地区の方が不思議な手品をしておられましたが、懐から何本も何本もロ~ソクの光を出されるんです。あ、どげな、種は勿論あるでしょうけれどもね、
懐からロ~ソクを何本も ここで出される手品をなされましたがです ね、云っとられました。
「私の心は信心で燃えております、感動しとります、ね、
その燃えとるのが光になって こんなに出る」という意味の事を
説明しながら しておられましたが、私共の信心の心が、やはり
こう燃えなければいけない、ね、
そこに いわば出けなかった もうそんな事は、と思うておる事にでも いうならば、おろそかにしない、という信心 そしてここに合楽との接点があった、交流が出来るようになった、というような事になるとしたら、もうこれは小さい事だから、自分の気分にあわん事だから、と云うて いいかげんには出来ない。
事、合楽で事がなされる時に、これに参加しておらないと いうような事は だからこれは一押しが足りないのだ、と いう事になるのぢゃないでしょうか、ね。
その、綾部さんの例が一番いいです。 何年間という友情も、もう断たれてしまっとるようであった、ね、
けれども別に その、もう成行、というのが放任しておって、成行を大事にするのぢゃない。
たまたま そのお夢を頂いて その お取次を願われたら、その方の事を願え、と しかも目が見えんようになってしまっておられるその人の事だから、なおさら願わな いけんぢゃないか、という事を頂いて、それからお取次が始まった。
しかも丁度 私があちらへ行く日に そういうふうに電話がかかってきた、もうとても そう人にどん おわびどもする という人ぢゃなかったんです。と らしいんです。
高芝さんあたりも よく知っとられます方なんですけれども、それが 向うから それこそ涙ながらに おわびをして見えられた、ともう そこには何もない、また昔の交流が始まった、ね。
あの一押しの所で こう、おかげを頂いた、という感じがするでしょうが、何年間くすぶっておった問題が 燃焼してきた。
そして これからまた、其の事を通してです、ママになるおかげがこれに伴のうてくる事でしょう。ね、おそらく なら ま大きなお商売も なさっておられますから お酒もまた元の丸亀から取ろうという事になるでしょう、ね。
だから 今日は私はこの み教えは小さく区切っても頂けれる、
日々の事でも頂けれる、けれども一生の信心を通して頂ける、というような まあ み教えだと、こう思うんですけども ね。
今日私は 私共の心の中にくすぶっておる問題、くすぶっておる事柄、それも いうならば、神様まかせ、というて 放任と、まかせるという事はちがう、すがってまかせる、というのぢゃなからなければ まかせる事にならんです、ね。
成行を大事にする、というて放任する、というのぢゃないです。
すがってまかせる という所にです、いうならば 天にまかせる
という事、けれども 地にすがるという信心あって、はじめて まかせる、という、いうならば、くすぶっておるのに火がパッと こう つくようなものぢゃないでしょうか、
熱情がいるです、ね。
それが光ともならなければ それに燃え移る事が出来ません。
                       「どうぞ」